何のリモコンだろう。不埒なものしか連想できないのだが……。

【晴樹】 (押せば分かる、か……)

リモコンを見つめながら思案するけど、考えたところで答えは出ない。

【教師】 「それじゃあ、このページの訳を……櫻木さん、読んでくれますか」

【文香】 「はい」

櫻木さんが教科書を広げて起立した。

【文香】 「私が電車を下りたときは、天気は雪に変わっていた――」

【晴樹】 (櫻木さんか……)

その容姿もさることながら、真面目で勉強も出来て、性格も良いと、まさに非の打ち所が無い。

男子たちの憧れの的になるのも納得できる。

【文香】 「私は笑って、そして『子供のころは雪が嬉しかったけれど、今は寒いだけだ』と、駅の人に応えた――」

【晴樹】 (ちょうどいいな。座ってると変化が見えにくいから、今リモコンを押してみよう)

何だかよく分からないものの対象にされる彼女には悪いとは思いつつも……

リモコンには『弱・中・強』の三段階のメモリがついている。

無難に中間の『中』の強さで押してみた。

【文香】 「雪で滑らないように注意しながら………ッひゃあんん!?」

【教師】 「ん……?」

突然声を上げた櫻木さんに、教師が不思議そうに教科書から顔を上げた。

周りの生徒も驚いて「何だ何だ?」と彼女に注目する。

【文香】 「ぁっ……あ、ぁっ……うそ……ぅんっ……」

一方で櫻木さん自身も困惑しているような表情で、小さく声を震わせ、身体を強張らせていた。

【教師】 「どうかしましたか、櫻木さん……?」

【文香】 「い、いえっ……何でもありま、ぅ、んんっ……せんっ……」

【教師】 「……本当に? でも、何か様子がおかしいですよ?」

【文香】 「なん、でも……ありませんから……っぁ、んん」

櫻木さんは首を振るが、その姿は誰が見ても『何でもなさそう』には見えない。